躍から

躍写真館

「復興に向かって」を写して

八幡三郎(63013)

東日本大震災から1年半過ぎた9月末、大震災時テレビで放映された釜石市役所脇の避難路に立ち、夕暮れの被災地の様子を少しでも写しておきたいと思い三脚を立てました。9月30日の日没は早く、ファインダーを見ているうちに忽ち夜景となり、このようなカーライトの光が流れる頃になっていました。シャッターはḾ10秒。こんな内容の写真が他になかったのか、岩手県写真連盟の応募展で入選となりました。写真右はエヌエスオカムラ社、奥の煙突から出ている蒸気は日本製鉄釜石の火力発電所と工場群です。

ここ釜石は安政4年、大島高任により日本で初めて鉄鉱石から高炉法による製鉄が成功し、その後困難な鉄づくりに挑戦した偉大な先人達により、日本の製鉄事業の礎を築いた所です。写真を気をつけて見ると、近くに震災工事のバックホーなどが写っており、復興工事が始まった所です。

My Jumping Family

道高幸彦 (70038)

我が家に来て11年、元競走馬でサラブレッドのアルビー君。サンフランシスコ空港から車で20分。太平洋側の山すその、この厩舎に下宿して早8年。自宅からも高速道路を北上して、15分程の場所だ。コロナ禍の中でも屋外の運動と認められ、我々家族3人の今年のロックダウンのストレス解消を、健気にひとりで引き受けてくれた。

ワイフと私は平日に2回、娘は週末2回、汗をかく機会があるのは、本当にありがたい。娘、ワイフ、私の順番で腕が落ちるので、私には気を使って、スピードを落として走ってくれる。それでも、時折落馬の私には、「お父さんしっかりしてよ!」と目を向ける。私は最近体力低下で、いつまで続けられるか分かりませんが、ありがたい掛け替えのない家族です。