会員の活動

寄稿・便り

東日本大震災から10年を振り返って

佐々木帝延(63016)

去る3月11日に大震災10年の節目に当たり、本棚の隅にあった10年前の日記帳を取り出し、震災に関する記述に目を通してみた。その中で震災二日前の9日の記述には「今日葬式があり「陸前高田」に来ている、帰りに仙台に寄りたいが11日ゴルフがあり明日東京に帰るので・・」と妻の兄から電話があった事が書かれてあった。又、翌日10日には「朝方もゆれた、予報では一週間は注意とのことらしい」とあった。震災当日は「大地震だー 14:48」だけのはしり書きであった。

数日後、兄との会話でゴルフの予定や、葬儀の日取りによっては、震災に遭遇していた可能性があり「危なかったね、運が良かったね。」と喜びはしたものの、この葬儀場所は、町が流され「奇跡の一本松」だけが残ったと注目された被災地である岩手県「陸前高田市」にあり、波に呑まれた人々の事を思えば、この些細な事でも幸運と思い自然と感謝の気持ちが湧いた事を覚えている。

3年後に妻とその姉の三人でこの場所を訪れたとき、この辺が妻の生まれた所だと、荒野を指さし、姉に教えてもらい驚いた。父親の出身地の疎開先で二歳頃まで居たらしいとは聞いていたが、出生がこの地と知りあらためて妻のルーツを知ることができたが、なんとも複雑な思いであった。

震災後の数日間は、水、電気、ガスなしの日があり生活上の苦痛、食料を買い求め、焦り奔走した事、寒さの中繰り返す余震への恐怖、困難を極めた多くの友人知人等の安否確認、情報収集、私や家族に寄せられた励ましの電話、メール、お見舞い等への対応、忙殺された日々の記述であった。

震災発生後の社友会関連を振り返ると、震災3日後電気が入りPCを開いたところ、震災当日に社友会会長より「・・皆様のご無事を祈りつつメールを発信する次第です」と結ばれた励ましのメールがありました。以後社友会として被災地に在住する会員の安否確認の重大性から、小生も現地窓口として本部と連携して21名の情報収集に努める事になったが、中でも安否確認に難航した最後の2名の無事が8日後に確認できた時の安堵感は格別でありました。

この間社友会の動きとして、双日本体の支援協力を受けられる事になり、震災発生9日後には救援物資が到着し、その後仲間と手分けし数日内に被災者全員に届ける事ができました。双日グループの超迅速な対応に会員一同感謝と敬意の念を強くした次第でした。

又、更なる支援策として、4月に社友会本部が被災地会員への見舞金募金の協力を依頼し、被災地会員は、全国の多数の会員から暖かいご支援を頂きました。さらに5月には社友会近藤会長自ら仙台に来られ、会員一人ひとりに励ましの言葉を添えながら、義援金を手渡されました。これら被災地への支援に会員の多くは日商岩井社友会の存在意義を改めて強く感じた事と思います。

この大震災を契機に東北支部ができ10年経過しましたが、この会は震災の歴史と共に歩むのだと、時代が進む中でも忘れず伝えていかなくてはならないと思います。

末筆になりましたが、大震災10年の節目に当たり当時に賜りました双日及び社友会本部の関係者の皆様や全国の会員の皆様からの暖かいご支援に、東北支部会員を代表して改めて深く感謝、御礼を申し上げます。

(仙台市在住)