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新刊紹介

手負いの虎

和泉 清 (51099)

このほどアメリカ人によって書かれた本「Wounded Tiger」の日本語版「手負いの虎」が発行された。私はたまたま、豪州時代以来親しくしている或るアメリカ人牧師の依頼を受け、一部ながらこの本の翻訳を手伝った。新刊書の「前書き」で、関わった4人の中の一人として感謝の言葉を戴いている。

この本は、今から 75 年前の昭和16年、真珠湾攻撃成功を伝える「トラトラ」暗号を打電した飛行隊総指揮官、淵田美津雄と、日本本土への報復空襲を志願した米軍人ジェイコブ・デシャザーが、過去を悔いつつ憎しみを越えて、共にキリスト教伝道に余生を捧げたとするドキュメンタリーである。

淵田はキリスト信仰によって自分が救われると信じ、全人類が「汝の敵を愛せよ」という考えになれば、戦争はなくなると考えた。その結果、キリスト教伝道士となり、以後15年にわたり日本、米国、ヨーロッパを回る愛と平和のための講演行脚を続けた。「無知が無理解を生み、無理解は憎悪を生み、憎悪が争いを生む。」との淵田の言葉は大変感慨深いものであった。

本書は、昭和 16 年 12 月 1 日の御前会議で始まる。アメリカの生産力は日本の 12 倍であり、同国との長い戦争は不利であるとの報告書が却下されて、開戦へのゴー・サインが出された会議である。その4年後、原子爆弾投下直後の広島を視察した淵田に、家族を全て失った老女が叫ぶ声が印象的である。「あんたたちは嘘ばかり並べて私らを裏切ったのさ、こんな酷い戦争、一度だって誰も望んだことはなかったのに」と。

一方デシャザー軍曹は、昭和17年4月、ドーリットル中佐指揮の日本爆撃行に参加したが、帰路乗機が不運にも中国内の日本占領地区に不時着したため捕虜として日本軍の激しい虐待を受けた。この空襲は日本近海まで侵入した空母ホ―ネットから飛び立ったB25、16機により行われたものである。彼は、服役中看守に特に依頼して入手した聖書を熟読し、「隣人を愛せ」との主の教えに心服するに至った。戦後、自由の身になるや直ちに、手記「私は日本の捕虜だった」を携え宣教師として來日し、伝道活動に献身した。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているか知らないのです」との聖書の句を文字通り地で行ったキリスト者であった。

もう一人、淵田の受洗に大きく影響したアメリカの若い女性、ペギー・コベルを紹介しよう。宣教師であったペギーの両親は開戦直前に日本からフィリッピンへ逃れたが、スパイ容疑の濡れ衣を着せられて日本軍に処刑された。ペギーはアメリカの大学進学のため単身帰国したのだが、デ軍曹同様に「汝の敵」を愛すべく、米軍に救われた日本軍捕虜たちに援助の手を伸べた。淵田はそれら捕虜の一人であった彼の旧部下から、彼女が自ら求めてユタ州在の捕虜収容所で働き自分たち傷病兵を親身に世話してくれたと聞かされ深い感銘を受けた。ペギーは生涯を通じて、人前に出ることを控えた。両親のことで、日本人が悪く思われるのではと思ったからである。彼女は日本人を心から愛していた。

なお、中国の監獄で服役中のデシャザー軍曹にこっそり聖書を渡した元看守の青田と、軍曹が爆撃した名古屋の石油タンク火災で恋人を失ったトミ子は家族ぐるみで彼一家と親交を持つに至った。

遅きに失したとはいえ、総指揮官として 350 機のハワイ攻撃隊を率いた元海軍中佐伝道士の贖罪の意と共に戦争の愚を広く伝えたライフワークには敬意を表したい。淵田が残りの人生の過ごし方として選んだのは、「神が彼の為にして下さったことを広く世界に伝えること」であったとの記述で、全 627 頁の「手負いの虎」は終っている。

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